この小さな窓の向こうに

BBC「シャーロック」にはまる日々。今は亡きナンシー関を思いながら感想を綴ります。

Sherlock Rev.5

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*シャーロックとマイクロフト  ②

 

SP

18世紀の部分は現代のシャーロックのアタマの中、現代の部分は18世紀のシャーロックのアタマの中、ということが最後に明らかになるので、どうにも難しいのですが。。

spでは、シャーロックのマインドパレスが映像として描かれ、いつもは隠されているシャーロックの心のうちがわかります。

 

 

ディオゲネスクラブでの太ったマイクロフト  とシャーロックのシーン

 

シャーロックのマイクロフト  へのコンプレックスが、二人の掛け合いでわかります。事件を紹介するときに、既にマイクロフトは全部答えがわかっています。

 

カーマイケル邸を経て、再びディオゲネスクラブ

リストを作ったかと確かめるマイクロフト。伏線になっています。

 

プライベートジェット機内のシーン

シャーロックとマイクロフトの関係が、はっきりと浮き彫りになります。

 

何回も出てきたリスト。シャーロックが使ったドラッグのリストだということがはっきりします。

 

10代の終わりから20代初めのシャーロックは、ドラッグの過剰摂取で、危険な状態にあったことがここでわかりました。マイクロフトがシャーロックのドラッグに異常に神経質なのは、このためだったのですね。

ジョンからシャーロックがドラッグを使っていると聞けば飛んでくるし、シャーロックの隠れ場所も調査済みです。何かあれば、すぐに探し出す必要があるからです。

心配症のマイクロフトは、シャーロックを常に監視し、自分の手の届くところに置きたいと思っています。S3E2の電話ではそう提案していますね。

一方、シャーロックはそれが煩しくて仕方ありません。

 

自分の監視下に置き、ドラッグの記録をとることをシャーロックに義務づけてきたマイクロフト 。それによって、結果的にシャーロックがドラッグを使うことを許してきました。それを理解したマイクロフトは、ジョンに弟を託します。

 

S4E1

プロローグは、マイクロフトとシャーロックの違いを象徴的に表しています。

権力者マイクロフトと権力には無縁のシャーロック。このシーンは、シャーロックの決定的な敗北です。

転じて、最後のシーン。

冒頭にも書いたように、マイクロフトはシャーロックだけを見ています。見守るマイクロフト。このシーンではシャーロックはそれに気づきませんが、マイクロフトの視線はシャーロックには過剰であり、二人の関係は緊張を孕んでいます。

 

S4E3

S4E3は、長いドラマシリーズの最後を締め括るので、シャーロックとマイクロフトとの関係についてもこれまでとは変わります。ようやくここへ来て、二人の位置関係が変わるのです。

 

今までは、マイクロフトはシャーロックに対して、常に支配的、権威的立場にありました。シャーロックは、それを認めたくなくて反抗的な態度に終始します。

しかし、シャーロック、そしてジョンは、かつての二人ではありません。

 

ホームズ邸

この場を支配しているのはシャーロックです。今までの反抗的な態度ではなく、マイクロフトをコントロールしています。ジョンもまた今までのジョンとは違います。成熟した大人のジョンは、マイクロフトに対しむしろ指導的な態度をとっています。

 

回想シーンと交互に登場するベイカー街221B

危険が迫る中での兄弟の会話。互いを思いやる対等な関係を感じさせる会話が交わされます。

 

シェリンフォードの所長室

ジョンとマイクロフトとの会話では、ジョンが主導権を持っています。あのマイクロフト  に、Shut upと言うのですから!

 

特別房

ユーラスは、ジョンかマイクロフト 、どちらかが、所長を射殺するように命じます。

この要求に、マイクロフトは対応できません。

しかも、ユーラスが言っているご褒美、つまり、ユーラスがモリアーティと監視なしで話すことをマイクロフトが許したということを、シャーロックとジョンには言えません。マイクロフトの弱い部分です。

 

棺のある部屋

街の灯りが見える、という飛行機の少女の声に、飛行機を海に墜落させる、というマイクロフト 。多数の人々の命を救うためには、少数の犠牲はやむを得ないという、政治的発想が再び描かれています。

 

棺の部屋の次の部屋 

ユーラスが、シャーロックに、マイクロフトかジョン、どちらかを射殺するように言うと、マイクロフトは、ジョンではなく自分を殺すようにしむけようとします。シャーロックを侮辱して怒らせようとします。

死を覚悟したマイクロフトは、ユーラスのご褒美の真相を初めて明かします。

 

シャーロックは、マイクロフトの演技を簡単に見破ります。

ここでの三人のやりとり、特にシャーロックとマイクロフトの関係では、成長したシャーロックが、マイクロフトに支配されず、逆に場の主導権を持っています。

 

エピローグ

シェリンフォード

極めつけは、シャーロックとレストレードの短いやりとりです。シャーロックはレストレードに、マイクロフトは、やわだからよろしく、と頼みます。マイクロフトはシャーロックにとって庇護の対象になっていることがわかります。

 

ディオゲネスクラブ

シャーロック、マイクロフト  、パパとママの四人がいます。

マイクロフトは、ユーラスは一生シェリンフォードにいる、と言います。シャーロックのユーラスに対する態度は違いました。忍耐強く、ユーラスと心を通わせようとします。

ここでも、二人は対比して描かれています。

変わらないマイクロフト、変わっていくシャーロック。

 シャーロックとユーラスがヴァイオリンを通じて交流できる兆しが見え、マイクロフトはママに許してもらえました。シャーロックの努力が、マイクロフトを救ったのです。

 

ドラマシリーズ全体を通して、シャーロックとマイクロフトの関係はどのように描かれているでしょう。

支配しようとするマイクロフト、支配されまいと反発するシャーロック、この関係は、S1からS3まで変わりません。マイクロフトは常に権力の座のトップにいて、シャーロックは権力をもたない立場にいる、この対比もずっと変わりません。

 

それが動くのはS4です。

S4E1は、シャーロックがマイクロフトに完敗するところから始まりました。そしてS4E3ではその力関係が逆転していきます。

S4E3では、今まで、世俗的な権力の大きさに隠れて見えなかったマイクロフトの人間的な弱さが露わになります。対して、シャーロックの成長と変化が明示的に示されます。

 

マイクロフトは、今までと同じように、権力者として、ユーラスを管理することしか考えませんが、シャーロックは、ユーラスの心をこちら側に取り戻そうと努力します。

なぜ、マイクロフトにそれができなくてシャーロックにできたのでしょう。

それが何かと言えば、S4E3のテーマでもあった context ではないでしょうか。

 

孤独を愛し友人をつくらず、シャーロック以外にはみずから望んで心を通わせることを望まなかったマイクロフト 。しかし、シャーロックは、ジョンを通じて友情を育み、context を持つことを知りました。メアリーを失い、ジョンもまた一度はシャーロックから離れ、ジョンの存在の大きさを知ったシャーロック。そのシャーロックだからこそ、ユーラスのことを理解できたのです。

contextは、シャーロックとマイクロフトを分つものでもあったように思います。

 

 

このように見てくると、なぜマイクロフトが愛されるのかわかってきます。

シャーロックのように組織に属さず、自由に動く主人公に対して、社会的に地位のある兄や父を配置するという構図は、物語の構造によく見られます。しかし、このドラマシリーズの、権力者であるマイクロフトは、単に権力者、ice man ではありません。

 

一つは、権力者の下の素顔です。S4E3で描かれた人間的弱さは、S1E1からレッグワークに弱い書斎派として描かれていました。S1E1では、マザコンの気配もちらっと見え、その傾向は、S3E1の「民衆の歌」が聞こえてくる短いシーン、S3E3のタバコのシーン、S4E3のママとのやりとり、と続きます。

マイクロフトはかなり可愛いです。 

 

また、私たちは、マイクロフトの記憶や心象風景を通じて、シャーロックとマイクロフトが過ごしてきた時間を追体験していきます。それは、海賊、赤ひげ、子ども時代のゲーム、マイクロフトの心の中の小さなシャーロックや、10代のシャーロックの回想、子ども時代の生活の一こま、写真など、さまざまな形で示されます。

見ているわたしたちは、現在のシャーロックだけでなく、小さなシャーロック、活発で生気に溢れた子どもの頃。多感で困難な少年時代。心を閉ざしていった大学生の頃、さまざまなシャーロックを思い浮かべることができます。

小さなシャーロックの成長を見守ってきたマイクロフト。私たちは、マイクロフトを通じて、私たちもまた同じようにシャーロックを見守っていることに気づきます。マイクロフトと私たちは、ショーロックを見守る立場を共有しているのですね。 

 

今までも見てきたように、マイクロフトは、シャーロックを守るため、常に自分の翼の下におこうとして、シャーロックはその束縛に反発します。

マイクロフトが愛されるのは、権力者としてのice man の外見とその下にある素顔の大きな乖離。また、何よりも、愛するほどに、シャーロックが離れようとすることへのマイクロフトのもどかしさ、哀しみへの共感にあるのではないでしょうか。シャ-ロックを見守る立場を共有する私たちには、その哀しみが理解できるからです。

 

どんなに大きな権力を手にしていても、人の心は自由にならない。大切に思い、近くにおこうとすればするほど、相手が離れて行く悲哀。

マイクロフトはシャーロック以上の天才であり絶大な権力者でありながら、どこか私たちに似ています。その悲哀が、マイクロフトが発する言葉のシニカルさの正体なのでしょう。受け入れられないとわかっているに、言わずにいられない。マイクロフトはいつもそのジレンマの中にいます。

 圧倒的な権力をもってさえシャーロックの愛情と尊敬を得られないマイクロフト。そのアイロニカルな悲哀に対する共感が、マイクロフトの人気の秘密ではないでしょうか。