この小さな窓の向こうに

BBC「シャーロック」にはまる日々。今は亡きナンシー関を思いながら感想を綴ります。

Sherlock Rev. 7

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 *シャーロックと女性たち ②

 

☆アイリーンとユーラス

 

アイリーンとユーラスはそれぞれ一話しか登場しませんが、アイリーンがシャーロックの恋の相手?!ということで、悪女であるにもかかわらずファンの間でも肯定的に受け入れられているのに対し、ユーラスは、突然、悪の権化のように登場したこともあり、かなり評判は悪いですね。

ただ、私は、アイリーンだけでなくユーラスにもある種の共感を感じるのです。なぜでしょうか。

 

 

アイリーンは誰にも心を許すことなく社会と闘ってきた女性です。自分を守ってくれるものは何もなく、自分の能力と才覚だけで裏社会を生きてきました。騙し騙され、裏切り裏切られ、孤独で、でも、自分の欲しいものは手に入れてきた、そんな女性が自分と同等の知的能力のある男に出会い、ふと心惹かれたのですね。

 

アイリーンの人気は美しさだけでなく、おそらくその強さにあるのではないかという気がします。極貧に生まれ、頼りになる係累もなく、あったとしても、彼女を守る存在ではなかったはず。それを、持って生まれた能力、頭のよさだけで、生き抜いてきたアイリーン。おそらく学歴もないでしょうから、普通の職業にはつけなかったでしょう。

このあたりはハドソンさん、後でふれるメアリー、そして、S1E2ででてきたスーリンも同じです。ユーラスもまた然り。

つまり、シャーロックを彩る女性たちは、モリーも含めて、みな、一人で人生を生きてきた女性たちなのですね。

なかでも、アイリーンは自分しか信じられない裏社会を選んできました。その絶対的な孤独と、裏社会を生き抜く知恵、能力の高さ、悪女とだけ、形容しきれないパワーに惹かれてしまいます。

さらに、言えば、アイリーンの人気は、彼女がシャーロックを振り回すほどに世の中の裏の裏を知り尽くした悪女でありながら、シャーロックに惹かれたほのかな恋心、そして、ふと一瞬、それをパスワードにしてしまった小さなミス、その落差が魅力になっているのではないでしょうか。

 

アイリーンは生きていくための方法が、自らの美貌を武器にしたセックスビジネスであり、貴族や政府高官、富豪などの上流階級の闇の部分を逆手にとった非合法な手段であるものの、殺人ではないのに対し、ユーラスは、目に見えて非人間的で冷酷であり、殺人も躊躇がありません。

 

ユーラスがなぜそうなのかという説明は、マイクロフトが、シャーロックが生きてきた全ての道がユーラスにつながる、と言っているように、シャーロックの変化の裏返しでもあります。

ユーラスは、その頭脳と引き換えに最初から五感を奪われていました。身体の痛みを感じなかったユーラス。人の命を奪うことにも、何の迷いも 感じないのでしょう。

 

さらに、シェリンフォードに幽閉されることによって、ユーラスは全ての自由を奪われます。

人との関わりを一切ゆるされなかったユーラス。それはストーリーの中でcotextと表現されています。cotextを持てなかったユーラス。そして、自らcotextを遮断してきたシャーロック。二人はここで繋がります。ジョンとの関係によってcotextを持ち得たシャーロックは、自らの孤独の深さによって、ユーラスの心を開くことができたのでした。

ユーラスは、このドラマシリーズを貫いている一本の芯のようなもののネガともいえるでしょう。そして、ネガとしてのユーラスを描くことで逆にシャーロックの造形が浮かびあがるように思います。

 

ユーラスの人生は、社会によって、権力によって奪われた人生でした。ユーラスは並み外れた能力によって、自分の人生を奪ったものたちに復讐しましたが、唯一自分が心から求めたものは、手に入れることができませんでした。そして、それを手に入れた瞬間に、元の閉ざされた世界に戻らざるをえなかったのです。

ユーラスの罪は許されるものではありませんが、ユーラスが、能力ゆえに払わされた代償は、あまりにも大きいと言えるでしょう。

ユーラスが求めたものは、ほんの小さな親密さでした。あまりにも大きな能力を背負っていたユーラス、でも本当に欲しかったのは、一つだけ、シャーロックの愛でした。それは単に兄妹というだけでなく、真の理解者という意味もあるでしょう。

人の心さえ自由に操ることができるユーラスですが、本当に欲しいものだけは手に入らない、自分を理解してくれる人との出会いは許されない、この逆説がユーラスに寄せる共感の理由のように思います。

 

☆メアリー

 

さあ、最後はメアリーです。なぜ、モファットとゲィティスは、メアリーを最後に登場させたのでしょう。多くのファンには、メアリーが最後の台詞、「シャーロック・ホームズとドクター・ワトソン」を言うことに、不満があるようです。

なぜメアリーが大事な台詞、マイクロフトが、S1E1の最後で言う台詞と対になった言葉をいうのでしょうか。

 

このドラマシリーズで登場した主な登場人物、シャーロック、ジョン、マイクロフト、モリー、アイリーン、ハドソンさん、ユーラス、誰もが孤独に生きています。彼らをつなぐ共通項は孤独なのですね。

もちろんその内容はそれぞれ違い、モリーやハドソンさんは友人も多そうですし、ジョンも結婚式にはたくさんの招待客がいましたし、クリスマスカードもジョンにはたくさん届いていました。

でも、ジョンはずっと孤独を感じていましたし、もちろん、シャーロックは、自分から他者との関係をたってきました。

 

では、メアリーは?

メアリーは、シャーロックが心から愛し、信頼する女性ですが、実は、本名すら誰も知りません。国籍もイギリスではないどこか、ということしかわからないのです。親の名前も、もしかしたらメアリー自身も知らないかもしれません。つまり、メアリーは何ものでもない、何ものも持たない女性なのです。自分でも自分が誰かを知らない、これ以上の孤独があるでしょうか。

 

モファットとゲィティスは、メアリーを最後の最後で登場させることによって、もしかしたら、自分たちの立ち位置を示したかったのかもしれません。最も孤独で何ももたない立場が、人間や社会を最もよく理解でき、真実を描くことができるのだと。

 

メアリーという造形を、モファットとゲィティスが、常に暖かく、ポジティブに描いているのも、その証ではないでしょうか。このくらい過酷な人生を生きてくれば、冷酷で、非人間的で、人間的に欠陥のある人物に描いてもよさそうですが、メアリーは、それらから最も遠い存在です。

それどころか、時としてシャーロックよりも聡明で、誰よりも洞察力とコミュニケーション能力に富み、温かな人間として描かれています。シャーロックを銃で撃ちますが、それは常にメアリーを苦しめ、後では自らを犠牲にしてシャーロックの命を救います。

 

メアリーは、モファットとゲィティスの中では、別格の存在だったのではないでしょうか。

メアリーが最後に、シャーロック・ホームズとドクター・ワトソンと言うことで、シャーロックとジョンは、私たちがよく知るあのシャーロック・ホームズとワトソン博士に繋がります。また、メアリーがこの言葉を言うことによって、このドラマシリーズの終幕を告げることにもなります。

 

その大切な言葉をメアリーが言うこと自体が、このドラマシリーズの性格を暗示しているように感じてならないのです。